2020年5月31日日曜日

新たなバランス

最近のニュースだが、ネットでの誹謗中傷で自殺者が、、、、。

おそらく、今までにも直接的ではないにしてもあっただろうと思う事件だと思った。
最近、法律で対応しきれないような問題が起こっている。

わたしのやっているFacebookでも、批判に対するやり取りから論争に及んでいるのをみかけるが、まあ絵画とか芸術というのは批判があって当たり前で、批判に目くじら立てるのも、わからなくはないけれど、おおよそ芸術家などは心の中では自分が一番と思っている、あるいは正しい方法だという方々が多いのではないかと、、、、、。(趣味とプロ意識との差異にも問題はあるが)
Facebookだって一つのメディアであるから「いいね」ばかりであるはずもなく、「いいね」を増やしたいがために友達を沢山つくるというひともいるかもしれないが、それは誤診だろう。

「あれはダメ、これはダメ、、、」という規則、社会的なルールが生活者を規制してくる。そしてそれに、反抗する者も決してなくならない。
時代は、まさに新たなバランスを求めて、新しい運動が起こってくるだろう。


2020年5月27日水曜日

解からない事が多すぎる

、、、、、、、でも分かったような気になっている。

とにかく、便利な時代かもしれない。必要な情報も必要もない情報も簡単に入ってくるけれど、果たしてそれが正しい情報かといえば、やはり疑問であろう。
そういう、時代にあることは間違いないと思う。

でも、なかには。というか世界の多くの、どれほどかはわからないけれど、情報が届かない、あるいは受け入れないという人間もいるということ。自分は少なくともその一人とは言わないまでも、TVはほとんど見ない人である。
フェイスブックとかインスタレーションとかツイッターとか、そういうのを何と呼ぶのかも知らないけれど、触れるくらいのことはしている。だが、やっぱり解からないことが多すぎる。





墨水

2020年5月24日日曜日

墨水画展2

先日連絡を受け急に二回目の個展をやることになりました!!

コロナ緊急事態の影響によりギャラリーで展示会を予定されていた作家さんがキャンセルしてきたため、わたくしに依頼の話が回ってきたという背景です。
幸い、五月に予定していた三人展に向けての新作が十点あまりあったので、このような時期ですが発表しようと思いました。
簡易的なデザインの案内状ですがつくりましたので掲載いたします!

場所:静岡県沼津市西沢田700番地 ギャラリーハウス Kizasu



2020年4月30日木曜日

描きたいと思ったもの

たとえそれが何であろうと、何の動機であろうと、また何かの
真似であっても、それを描きたいという思いには必ず美の真髄が隠れていると思う。
「見えざるもののなかで最も見えざるもの」それは生き続ける根源的なハタラキだと思う。
描くという行為はその探究にほかならない。
透明な感覚をもって真写する。
絵画的虚構を捨てそのものと自然に交わる。
その時のハタラキそのものが水墨の景色となる。


五月二十一日からの展示会が中止になりました。
本物を観て頂きたかったのですが、このブログで写真に撮った画像を発表します。
今回掲載するのは、今年になって描いた墨水画の一部です。

墨水画 六号
麻紙


墨水画 17×17
麻紙

2020年4月8日水曜日

Be Here Now 2

唯今

水墨は 禅(ZEN)とは切り離せないものがあります。

この度掲載した水の景色(月光)はサムホール・サイズながら手間がかかりました。


無の中に有があるとすれば、有の中に無があるということ。これも言葉の概念でしかないかもしれませんが、科学の現在ではブラックホールの中に宇宙が有るというアイデアを想像しています。
しかし、われわれの日常の確かさは、今宵の月の美しさを愛でるところにあると思います。



墨水画

SM 麻紙

水の景色・月光


由三蔵




BE HERE NOW

それは

現在でもなく過去でもなく未来でもない

時間も

意識も

こころも

実在しない


ただ、生きていて

今があるだけ


今宵はスーパームーン

世界中に月の光が、、、、、、。

2020年4月3日金曜日

伊豆天城・浄蓮の滝

五年前に描いた七滝の水墨いらいでしょうか。

水の景色はわたしの墨水画のテーマのひとつです。
感覚的にいえば、これほど自然に同化できるものが人類にとってあるのだろうかというものですが、現代哲学はさておいて紀元前の哲学の中に「水」を真理の中心に考えていたタレスという哲学者がいたようです。(間違っていたらすみません)
また、わたしは映画エイリアン・シリーズが好きでずっと観ていますが、完全生物のエイリアンと生物としてウイルスを考えると、どうかするとオバーラップしてしまうのですが。
純粋な水を汚してきた人類の歴史だとしても、おそらく水は絶えず新たに生物としての人間にも命をつなげてくれるだろうと信じています。
なぜか、そんなことは自分にはわかりませんが、美しいから、、、、、、。そのような気がするだけです。



墨水画

6号

麻紙


由三蔵