2020年1月18日土曜日

反絵画非芸術

十五年くらい前に、現代美術の川俣正氏が「アートレスーマイノリティーとしての現代美術」という本を書きました。まあ、現代の日本の芸術(アート)に対しての批判です。現代美術は一般の人には理解できないという他の美術との住みわけのようなアートフルに対しての苛立ちにも感じられる。という哲学者の鷲田清一「想像のレッスン」からの言葉ですが。
今現在でもその状況は変わらないと思いました。
わたしの描くという行為で生まれる墨水画も自分が絵が描けなくなってから始まったような感じもあり、芸術を単に「創造」する行為とは言えないところにあります。創造というのが何もないところから創造するという概念が芸術だという誤解が、一層一般の人々に特別扱いされているようにも思うからです。想像力というのはその人の内心にあるのではなく、外の世界との関係の中から生まれるハタラキ、あるいはハズミであるのであれば当然、無からの創造はあり得ないことになります。天才と呼ばれる人もそこのところは同じではないでしょうか。
わたしが知覚した「何か」(言葉にできないもの)を元に何かしらのカタチで表す行為、あるいは試みとしてつくられたモノを作品と呼んでいるのだと思います。
美術(芸術)・アートにはには、その「何か」を再確認できるような、そうさせてくれるような「揺り戻し」のチカラがあると感じるからです。

トランスクリティークという柄谷行人氏の思想から積極的に言葉を出すということに助けられましたが、過去・現在・未来という言葉の中の「今頃」を生きるしかありません。

2020年1月10日金曜日

2020

ブログの更新、、、。

忘れていたわけではないのですが、水墨に集中していてブログに気が入りませんでした。
やっと、新しいモチーフの20号の墨水画の完了にめどが立ちました。アルバイトもやめ昨年の11月頃から始め、暮れから正月もなくアトリエ(伊東のボロ家)にこもって制作に集中していました。
その作品は初めての全国公募展へ出品します。今回で最後となる「IZUBI」とういう静岡県伊東市のビエンナーレです、もちろん選外であれば展示もされませんが、まあ運が良ければ入選できるでしょう! しかし、20号~50号で1点限りの出品ということなので前回の感じではほとんどが50号クラス、まして私のは20号のモノクロの水墨、これは運を天にまかすしかないでしょう。でも、この度の墨水画は今まで描いた中でも最高の出来ばえだと自負していますが、どうなるか楽しみです。
今日、借りブチの額装をしてきましたが、若干顔の一部のトーンが気になるり修正してから2月の始めに搬入です。

今年はオリンピック・イヤーですね。
兎に角、皆さまともども良い年になればと思っています。

2019年12月18日水曜日

あした

新たな水墨へ

わたしの水墨による写実画

麻紙と水墨、ただそれだけで描く
他の一切の画材は使わない。


アルバイトは辞めた。

これほど集中して描きたいと思ったのは初めてのような気がする。
家内は、怒っている、子供も怒っている、、、、でもこの度は何か宿命を感じているので申し訳ないけれど、兎に角一時やらせてもらいたいという思いである。
この先、生活のこと住む家のこと、考えなくてはならない事はもちろんあるけれど、それらに対して絵を描くことが何になるといった答えはもちろん無いのだが。なんとかなりぞうだという気まぐれな直感だけはある。

やっと最近になって水墨は「裏切らない」という今は亡き水墨画家の素敵な先生の言葉がわかったような気がする。それは、思うようにならないという水墨のことだろう。思うようになっているという程度の画家の思考は実は誤診であり、思うようにならないことを信じることこそ、水墨の真髄ではないかと。それが「裏切らない」とうことかと。

自分の美意識だけを頼りに、あしたを想う。

本物を描く。
本物とは、エセーなリアリズムではないだろうか。


2019年11月20日水曜日

今というこの時

時は
流れず


現在のテーマはそのようになってきた


あらゆるモチーフの真髄を
透明な感覚をもって真写する
絵画的な虚構を捨て
そのものと自然に交わるときー

水墨の 
景色となる


兎に角、美しくあらねばならない

・・・・・・・

モデルさんを観るーのにカメラの手を借りて百数十枚の写真を撮った。
眼は連続して観ているはずなのに視えていないのだ。おそらく心(あらゆる感覚)が邪魔をしているのだろうがしかたがない、カメラは心などないから醜い?一瞬も捉えるがーそれがいい!そこに感覚する自分を発見する。
そう、
時は流れず
と。




2019年11月10日日曜日

新たな挑戦

兎に角

すみません。個展の模様をアップしようとしていたのですが、思っていた以上に充実感を超越した心持になってしまい、そういう余裕もありませんでした。思いがけない出会いや、奈良に住む甥っ子や三十年ぶりの飲み友達、アルバイト先の方、もちろん初めてお目にかかかる多くの方々、、、そして現在も自分を支えてくれている方々などなど、なんとも言葉では言えない感覚が立ち上がりました。
本当に感謝の気持ちでいっぱいになりました。
(だが、個展にも来たわたしの家内は「あんた、踊らされているんじゃないの」と辛口ですが)踊らされるのは、わたしだから、うまく踊れるかは別にして、まったく構わないのです。
そして、踊らされる究極は!モデルをしてくれる女の子が冗談のように現れました。自分にとっては夢のような事でして、、、、、、、つまり兎に角、まさに本当にリアリズムが描ける喜び、、、、これ以上言葉にすることはできないのですが、新たな水墨の探求、挑戦になるかと思います。

初めての公募展へ出来上がった作品を出すつもりです。(詳しいことはまた)
その前に、現創会の招待作家で東京都立美術館に出品する作品の準備もありますが、この小さなせせらぎの流れを大切にしていきたいと思っています。


アトリエのモデルさんです。

2019年10月12日土曜日

個展の後半

今夜は久しぶりにブログの更新です。
(個展の模様の写真はまだ編集できていないので掲載できませんが)
というのも、明日は大型台風の接近に伴い個展を臨時休館させていただくことになり、妙に気持ちが外側へ、、はやく読みたいと思っていた本を開き、その福田恒存の思想の本を読んでいるうちに気付いたことを少し文章にしました。

この情報化社会の現代で静止することとは、静止しなければならないのはなぜか。
進歩とは、なぜ進歩しなければならないか。
アンビバレント!
でもでも、絶対の探求。

わたしは現在に生きながら、なお千年の歴史をもつものを引き受けてみることを選んだ。
それは、そのことのほうが近代のものより、生き生きとした感覚をもてると意識せずに感じた、それが水墨だ、ということのように・・・・・



2019年9月23日月曜日

墨水画展 二日目

初日と二日目、天気予報は雨とのことでしたが幸いほとんど雨らしきものもなく、静かに幕あけいたしました。
準備は兎に角大変でした。しかし疲労感もなく、ほぼ想像していた以上の展示ができたと思っています。
もうすでに、三人の素敵な方々と交友出来ました。

もうそれだけでも、個展をやってよかったという実感がわいてきます。

少し、時間ができたらブログで個展会場の模様を公開しますので楽しみにしていてください。
また、一か月間という長丁場の展示会ですので、興味のある方は是非観に来てください。

期間中、十月の四日と五日は娘の結婚式のため休ませていただきますが、基本的に土曜日から火曜日の間にはギャラリーに私は居ますのでよろしくお願い申し上げます。
私が居なくてもギャラリーの御主人はとても気さくで趣味もよく優しい方でご安心ください。